私は地元の中小企業で25年間働いてきました。
振り返ってみると、あっという間だったようにも感じますし、
長い道のりだったようにも感じます。

入社したころは、仕事の意味もよく分からず、
とにかく言われたことをこなす毎日でした。
失敗も多く、怒られることもありました。

若いころは、「もっと上を目指さなければ」「結果を出さなければ」と、
気持ちばかりが先走っていたように思います。
周りと比べて落ち込んだこともありました。

25年働いて思うのは、
一番大切なのは「続けること」だったということです。

特別に優秀でなくても、
派手な成果がなくても、
毎日会社に行き、与えられた仕事をこなす。
それを積み重ねることが、信頼につながっていきました。

仕事は楽しいことばかりではありません。
つらい時期もありました。
辞めたいと思ったことも、正直何度もあります。

それでも続けてこられたのは、
家族の存在と、生活があったからだと思います。
働く理由は、最初は「生活のため」でした。
けれど、いつの間にか「責任」や「役割」へと変わっていきました。

25年経って分かったのは、
仕事は人生のすべてではない、ということです。
けれど、人生の大きな部分を占めるのも事実です。

若いころは、
仕事がうまくいけば人生もうまくいくと思っていました。
今は、仕事も人生の一部であり、
家族や健康、日常の時間と並んで大切なものだと思っています。

もし、若いころの自分に言葉をかけるなら、
「焦らなくていい。比べなくていい。続ければいい」と伝えたいです。

これからも仕事は続きます。
ただ、これまでとは少し違う気持ちで向き合える気がします。

このブログでは、
そんな25年間の経験から感じたことや、
これからの働き方についても書いていこうと思います。

同じように長く働いている方、
これから働く若い方、
どちらにも何か一つでも伝わればうれしいです。

By wwbnq181

50代。25年間、地元の企業で働き抜きました。 私の人生の後半戦は、想像を絶する病との戦いでもありました。 原因不明の難病「巨細胞性心筋炎」の発症。 不整脈を抑えるCRT-Dの植込み。 そして、心臓移植を待機する6年半(2300日)、補助人工心臓(VAD)と共に生きる日々。 その間、脳梗塞や小腸穿孔といった合併症にも襲われ、何度も命の瀬戸際を歩きました。 しかし、そこには常に私を支えてくれた妻と息子の存在があり、 私のために緊急時講習を受けてまで居場所を守ってくれた9人の同僚たちがいました。 心臓移植という奇跡に恵まれ、今、私の胸には新しい鼓動が刻まれています。 「頂いた命と共に、二人分の人生を最高にしたい」 そんな想いから、25年勤めた会社を卒業し、第2の人生を歩み始めました。 趣味は、一人の足音を感じながら歩く二時間の散歩。 このブログでは、闘病の記録、家族への想い、そして何気ない日常の尊さを綴ります。 私の経験が、今を懸命に生きる誰かの力になれば幸いです。

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