夕暮れの柔らかな光は、激動の半生を終え、穏やかな晩年へと向かうあなたの人生そのものを象徴します。 一歩ずつの歩み: これまで語ってきた「散歩」というテーマを締めくくる、決意に満ちた背中です。 感謝と祈り: 遠くに見える神社が、神様やドナーの方への感謝、そして日々を大切に生きる祈りを表現しています。病院の閉塞感や機械の重圧から解放され、自分の力で呼吸し、未来を見つめる姿を描きます。

全10回にわたる私の記録も、今回が最後になります。 原因不明の難病「巨細胞性心筋炎」を発症し、CRT-Dの植え込み、VADの植え込み、心臓移植、脳梗塞、小腸穿孔……。振り返れば、私の25年間の後半は、まさに壮絶な嵐の中を歩んできたような時間でした。

なぜ、病気は私を選んだのか

かつては「なぜ原因不明の病が私に?」と神を恨んだこともありました。しかし、50代で会社を卒業し、静かな日々を過ごしている今、不思議とその答えが見つかったような気がしています。

この過酷な経験があったからこそ、私は「当たり前の日常」がいかに輝いているかを知ることができました。妻と二人で幾多の夜を乗り越えた絆。9人の同僚が講習を受けてまで守ってくれた居場所。そして、18歳になり自らの道を歩き出した息子の逞しさ。

病気にならなければ、私はこれほど多くの「愛」と「感謝」に気づけなかったかもしれません。この25年は、私にとって「神様がくれた、本当の豊かさを知るための時間」だったのだと、今は本気で思っています。

50代、これからの歩み

会社員という肩書きを捨て、一人の男に戻った今、私の第2の人生が始まりました。 特別なことは何もいりません。毎日一人で二時間歩き、神社の風を感じ、夜は妻と穏やかな食卓を囲む。そんな静かな、けれど最高の人生を積み重ねていくだけです。

ブログを書き始めて、改めて思いました。「自分と妻で、本当によく頑張ったな」と。 私の拙い記録が、今どこかで病と戦っている方や、人生の岐路に立つ方の小さな光になれば、これ以上の幸せはありません。

これまで読んでくださり、本当にありがとうございました。 私はこれからも、頂いた命と共に、一歩ずつ大切に歩き続けます。


 

By wwbnq181

50代。25年間、地元の企業で働き抜きました。 私の人生の後半戦は、想像を絶する病との戦いでもありました。 原因不明の難病「巨細胞性心筋炎」の発症。 不整脈を抑えるCRT-Dの植込み。 そして、心臓移植を待機する6年半(2300日)、補助人工心臓(VAD)と共に生きる日々。 その間、脳梗塞や小腸穿孔といった合併症にも襲われ、何度も命の瀬戸際を歩きました。 しかし、そこには常に私を支えてくれた妻と息子の存在があり、 私のために緊急時講習を受けてまで居場所を守ってくれた9人の同僚たちがいました。 心臓移植という奇跡に恵まれ、今、私の胸には新しい鼓動が刻まれています。 「頂いた命と共に、二人分の人生を最高にしたい」 そんな想いから、25年勤めた会社を卒業し、第2の人生を歩み始めました。 趣味は、一人の足音を感じながら歩く二時間の散歩。 このブログでは、闘病の記録、家族への想い、そして何気ない日常の尊さを綴ります。 私の経験が、今を懸命に生きる誰かの力になれば幸いです。

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