心臓移植という大きな手術。その成功からわずか3日後、私は人生で最大の「激痛」を経験しました。小腸穿孔(しょうちょうせんこう)という合併症です。

お腹に穴が開くような痛み。体をまっすぐ伸ばすことなど到底できず、丸まったまま震えることしかできません。しかし、原因を特定するためには、その激痛に耐えて検査を受けなければなりませんでした。

CT台の上での孤独な戦い

「足をまっすぐに伸ばしてください」 CTやレントゲンの検査技師さんの言葉が、どれほど残酷に響いたか分かりません。動くたびに意識が飛びそうになるほどの痛みが走り、私は台の上で必死に歯を食いしばりました。

その時、私を支えてくれたのは医療従事者の方々の「手」でした。 「痛いですね、頑張りましょう」「あと少しですよ」 背中をさすり、声をかけ続けてくれた看護師さんや技師さんたちの存在がなければ、私はあの夜、生きる気力を失っていたかもしれません。

CRT-D、VAD、そして人の温もり

私はこれまで、不整脈を抑え、突然死を防ぐCRT-Dや、命を繋ぐVAD(補助人工心臓)といった最新の機械に頼って生きてきました。しかし、本当の意味で私の命を救い、心を繋ぎ止めてくれたのは、医療現場で働く方々の献身的な「手」と「言葉」でした。

今、こうして静かに散歩ができる日常があるのは、あの時、私の痛みに寄り添ってくれた皆さんの支えがあったからです。 退院して時間が経った今でも、神社の静寂の中で、私はあの温かい手の感触を思い出しています。

By wwbnq181

50代。25年間、地元の企業で働き抜きました。 私の人生の後半戦は、想像を絶する病との戦いでもありました。 原因不明の難病「巨細胞性心筋炎」の発症。 不整脈を抑えるCRT-Dの植込み。 そして、心臓移植を待機する6年半(2300日)、補助人工心臓(VAD)と共に生きる日々。 その間、脳梗塞や小腸穿孔といった合併症にも襲われ、何度も命の瀬戸際を歩きました。 しかし、そこには常に私を支えてくれた妻と息子の存在があり、 私のために緊急時講習を受けてまで居場所を守ってくれた9人の同僚たちがいました。 心臓移植という奇跡に恵まれ、今、私の胸には新しい鼓動が刻まれています。 「頂いた命と共に、二人分の人生を最高にしたい」 そんな想いから、25年勤めた会社を卒業し、第2の人生を歩み始めました。 趣味は、一人の足音を感じながら歩く二時間の散歩。 このブログでは、闘病の記録、家族への想い、そして何気ない日常の尊さを綴ります。 私の経験が、今を懸命に生きる誰かの力になれば幸いです。

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