25年勤めた会社を辞め、50代で無職になった私。これまで「納期」や「目標」という数字に追われてきた生活から一転し、今、私の日課は「二時間の散歩」です。

特別な趣味はありません。ただ、一人の足音を聞きながら歩く。この時間が、心臓移植という大きな経験を経た私にとって、自分を見つめ直すための大切な「儀式」になっています。

神社の静寂の中で、自分を許す時間

散歩の途中で必ず立ち寄るのは、近所の神社です。鳥居をくぐり、砂利を踏みしめる音に耳を澄ませる。そこにある静寂は、かつての病院の喧騒や、VAD(補助人工心臓)の機械音が絶えなかった日々とは対極にあるものです。

かつては「病気になった自分」を責めたり、「なぜ自分だけが」と自問自答したりすることもありました。しかし、神社の境内で静かに手を合わせていると、生かされている今の時間が、いかに奇跡的であるかを再確認できます。

二時間歩けるという「奇跡」

一日に二時間。健康な人から見れば何気ない運動かもしれません。しかし、心臓移植、脳梗塞、小腸穿孔という合併症を乗り越えてきた私にとって、自分の足で二時間歩き続けられることは、科学や医療、そして誰かの善意によって繋がれた「奇跡の結晶」です。

左腰にあった重いVADのバッグも、今はもうありません。物理的な重みから解放されただけでなく、歩くことで心の中の重荷も少しずつ整理されていくのを感じます。

立ち止まることは、後退ではない

50代で立ち止まることに、不安がないわけではありません。しかし、全力で走り続けてきた25年を経て、今こうして「自分と対話する時間」を持つことは、人生の後半戦を最高のものにするために必要なステップだと確信しています。

もし、今何かに悩み、立ち止まることを恐れている方がいたら、ぜひ「ただ歩くこと」から始めてみてください。一歩踏み出すごとに、心は少しずつ軽くなるはずです。

By wwbnq181

50代。25年間、地元の企業で働き抜きました。 私の人生の後半戦は、想像を絶する病との戦いでもありました。 原因不明の難病「巨細胞性心筋炎」の発症。 不整脈を抑えるCRT-Dの植込み。 そして、心臓移植を待機する6年半(2300日)、補助人工心臓(VAD)と共に生きる日々。 その間、脳梗塞や小腸穿孔といった合併症にも襲われ、何度も命の瀬戸際を歩きました。 しかし、そこには常に私を支えてくれた妻と息子の存在があり、 私のために緊急時講習を受けてまで居場所を守ってくれた9人の同僚たちがいました。 心臓移植という奇跡に恵まれ、今、私の胸には新しい鼓動が刻まれています。 「頂いた命と共に、二人分の人生を最高にしたい」 そんな想いから、25年勤めた会社を卒業し、第2の人生を歩み始めました。 趣味は、一人の足音を感じながら歩く二時間の散歩。 このブログでは、闘病の記録、家族への想い、そして何気ない日常の尊さを綴ります。 私の経験が、今を懸命に生きる誰かの力になれば幸いです。

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