50代で会社を辞めた私の人生において、もう一つ大きな節目がありました。それは、18歳になった息子が大学進学を決めたことです。 合格の報せを聞いたとき、私は安堵とともに、彼らしい選択だなと感じました。彼の選んだ道は、派手なものではなく、自分の得意を活かした着実な一歩。その姿を見て、私はふと、自分が病気と向き合ってきた歳月を思い出していました。 「強い父」ではなく「生き抜く父」の姿 息子が多感な時期、私は心臓移植を待ちながらVAD(補助人工心臓)と共に生活していました。入退院を繰り返し、時には脳梗塞で倒れる。そんな父親の姿を見せることは、親として情けないと思うこともありました。 しかし、息子はそんな私の姿を見て、何かを感じ取ってくれていたようです。彼が選んだ進路には、無理に背伸びをせず、等身大の自分を信じて進もうとする「芯の強さ」が見えました。立派な背中を見せることはできなかったかもしれませんが、「諦めずに生き抜く姿」だけは、彼に伝えられたのかもしれません。 家族の形が変わる時 息子が大学へ進み、私は会社を卒業する。これからは、守るべき対象から、互いに自立した一人の男としての関係に変わっていくのでしょう。 彼には、私のように病気に悩まされることなく、自分の信じた道を最高に楽しんで歩んでほしい。50代の父から、18歳の息子へ。言葉には出しませんが、心からエールを送っています。