私と妻は50代、息子は18歳になりました。
こうして数字にしてみると、時間の流れの早さに少し驚きます。

息子が生まれた頃は、自分もまだ若く、毎日の生活に必死でした。

仕事、家族、責任。

先のことを考える余裕もなく、ただ目の前の一日をこなしていました。

それが今では、息子は大人への入り口に立ち、
妻と私はこれからの人生を考える年齢になりました。

最近、家族で話す内容も少し変わってきました。
息子の進路のこと、将来のこと、
そして「自分たちはこの先どう生きるか」という話題です。

若いころは、「働いて、家族を養っていくこと」が一番の役目だと思っていました。

今はそれに加えて、
「どう生きるか」「どう過ごすか」が大切になってきた気がします。

妻とは長い時間を一緒に過ごしてきました。
特別なことはなくても、同じ家で同じ時間を積み重ねてきたこと自体が、大きな財産なのだと思います。

息子とは、以前のように何でも話すわけではありません。
けれど、たまに交わす短い会話や、
何気ない一言に成長を感じます。

これから先、家族の形も変わっていくでしょう。
息子はいずれ家を出るかもしれません。
夫婦二人の時間が増える日も来ます。

少し寂しさもありますが、
それも自然な流れなのだと思います。

このブログには、
そんな日々の気づきや、
心の中で考えたことを残していきたいと思っています。

大きな目標があるわけではありません。
ただ、今の自分の立ち位置を確認しながら、
無理せず、等身大で書いていきます。

もし同じように、
50代を前にして人生を考えている方がいれば、
このブログが小さな共感の場になればうれしいです。

これからも、日常のこと、仕事のこと、家族のこと、
少しずつ書いていきます。
どうぞよろしくお願いします。


By wwbnq181

50代。25年間、地元の企業で働き抜きました。 私の人生の後半戦は、想像を絶する病との戦いでもありました。 原因不明の難病「巨細胞性心筋炎」の発症。 不整脈を抑えるCRT-Dの植込み。 そして、心臓移植を待機する6年半(2300日)、補助人工心臓(VAD)と共に生きる日々。 その間、脳梗塞や小腸穿孔といった合併症にも襲われ、何度も命の瀬戸際を歩きました。 しかし、そこには常に私を支えてくれた妻と息子の存在があり、 私のために緊急時講習を受けてまで居場所を守ってくれた9人の同僚たちがいました。 心臓移植という奇跡に恵まれ、今、私の胸には新しい鼓動が刻まれています。 「頂いた命と共に、二人分の人生を最高にしたい」 そんな想いから、25年勤めた会社を卒業し、第2の人生を歩み始めました。 趣味は、一人の足音を感じながら歩く二時間の散歩。 このブログでは、闘病の記録、家族への想い、そして何気ない日常の尊さを綴ります。 私の経験が、今を懸命に生きる誰かの力になれば幸いです。

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