このブログを書き始めたとき、私の心には「自分の人生を一度整理しておきたい」という、切実な、けれど静かな願いがありました。 2300日に及ぶVAD(補助人工心臓)生活、そして心臓移植。 文字にしてしまえば数行の出来事ですが、その裏側には、言葉では到底尽くせない「痛み」と「絶望」、そしてそれを遥かに凌駕するほどの「人の温もり」がありました。 「病気になったから、不幸になったのか」 かつて、病室の窓から夜空を見上げては、何度も自分に問いかけた言葉です。しかし、今の私は自信を持ってこう答えることができます。 「病気になったからこそ、私は本当の幸福を知ることができた」と。 自分を支え続けてくれた妻の、凛とした後ろ姿。 「俺たちがいるから大丈夫だ」と笑ってくれた仲間の、力強い手の感触。 そして、名もなき誰かが繋いでくれた、この温かい鼓動。 それらは、健やかで何不自由ない生活を送っていたら、当たり前すぎて見落としていたかもしれない宝物です。嵐が過ぎ去ったあとの今、私の手元に残っているのは、そんなかけがえのない絆だけでした。 これから私は、一人の「無職の50代」として、穏やかな余生を歩んでいきます。 特別な功績を残すわけでもなく、派手な成功を収めるわけでもありません。ただ、頂いた命を大切に使い切り、一歩一歩を丁寧に楽しむ。それが、私を救ってくれたすべての方々への、私なりの「誠実な生き方」だと思っています。 最後になりますが、この拙い記録に最後までお付き合いいただいた皆様に、心より感謝申し上げます。 もし今、あなたが暗闇の中にいたとしても、いつか必ず朝は来ます。その朝に吸い込む空気は、きっと驚くほど甘く、清々しいはずです。 私の物語はここで筆を置きますが、私の歩みは、これからも続いていきます。 またどこかの散歩道で、風を感じながらお会いしましょう。 本当に、ありがとうございました。