仕事と家庭に奔走した25年間を振り返り、50代からの「これから」を見つめ直すための個人ブログ。特別な成功はなくとも、コツコツと歩んできた日々、息子との会話、日常の気づきを正直に書き留めています。働き盛りを過ぎた世代の、等身大な生き方のヒントに。中小企業に勤めて25年。50代の夫であり、18歳の息子の父である筆者が、これまでの仕事の経験や家族との日常、これからの生き方を綴ります。「自分だけじゃない」と、同じように毎日を懸命に歩む方々の心がふっと軽くなるような、飾らない記録をお届けします。

はじめまして。ブログを始めました。

はじめまして。
このブログにお越しいただき、ありがとうございます。

私は地元の中小企業に25年間勤めてきました。
現在は、私と同じ50代の妻と18歳の息子の3人家族です。

これまでの人生は、仕事と家庭に追われる毎日でした。
朝は出勤し、夜は疲れて帰宅し、気がつけば25年という月日が過ぎていました。

大きな成功があったわけでもなく、特別な才能があるわけでもありません。ただ目の前にある仕事をコツコツ、成功の時も悪しき時もやってきました。

ただ、目の前の仕事と家族を大切にしながら、ここまで歩いてきました。

息子は18歳になり、少しずつ自分の道を考える年齢になりました。

妻とは長い時間を一緒に過ごしてきましたが、これからの人生をどう過ごしていくか、ふと考えることが増えてきました。

そんな中で、「自分のこれまで」と「これから」を整理したいと思い、このブログを始めました。

このブログでは、
・25年間働いてきた中小企業での経験
・家族との日常や、息子との会話
・年齢を重ねて感じること
・これからの生き方や働き方
・何気ない日常の出来事

こうしたことを、飾らず正直に書いていこうと思っています。

誰かの役に立つ立派な情報ではないかもしれません。
けれど、同じように働き、家庭を持ち、人生について考えている方にとって、
「自分だけじゃない」と感じてもらえる場所になればうれしいです。

文章を書くことはまだ慣れていませんが、
無理せず、少しずつ続けていこうと思います。

どうぞ、気が向いたときに読んでいただければ幸いです。
これからよろしくお願いいたします。

By wwbnq181

50代。25年間、地元の企業で働き抜きました。 私の人生の後半戦は、想像を絶する病との戦いでもありました。 原因不明の難病「巨細胞性心筋炎」の発症。 不整脈を抑えるCRT-Dの植込み。 そして、心臓移植を待機する6年半(2300日)、補助人工心臓(VAD)と共に生きる日々。 その間、脳梗塞や小腸穿孔といった合併症にも襲われ、何度も命の瀬戸際を歩きました。 しかし、そこには常に私を支えてくれた妻と息子の存在があり、 私のために緊急時講習を受けてまで居場所を守ってくれた9人の同僚たちがいました。 心臓移植という奇跡に恵まれ、今、私の胸には新しい鼓動が刻まれています。 「頂いた命と共に、二人分の人生を最高にしたい」 そんな想いから、25年勤めた会社を卒業し、第2の人生を歩み始めました。 趣味は、一人の足音を感じながら歩く二時間の散歩。 このブログでは、闘病の記録、家族への想い、そして何気ない日常の尊さを綴ります。 私の経験が、今を懸命に生きる誰かの力になれば幸いです。

One thought on “25年間中小企業で働いてきた私が、50代でブログを始めた理由”

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