命を繋ぐスイッチと「左腰」の記憶|VAD生活2300日の真実

【心臓移植への道】「目が覚めたら、また生きている。」そう信じて、私はICUのベッドで深い眠りに落ちた。度重なる不整脈の恐怖から逃れるための、一時的な別れと再起への誓い。絶望の淵で選んだ「眠り」という名の戦い。今、暗闇の中で戦っている人に伝えたい、命を繋ぐための勇気と信頼の記録。 LVAD
手と手の温もり: 先生の穏やかな声と、点滴ラインに触れる動作を通じて「孤独ではない」ことを表現します。

補助人工心臓(VAD)と共に歩んだ2300日。それは、常に「死」を意識しながらも「生」に執着し続けた日々でした。

毎朝繰り返される「命の切り替え」

VAD装着者にとって、朝のルーティンは単なる準備ではありません。家庭用コンセント(パワーモジュール)から外出用バッテリーへと電源を切り替える瞬間。もし接続をミスすれば、私の命の灯火は消えてしまうかもしれない。 そんな緊張感の中で行う毎朝の「命のスイッチ」の切り替えは、2300日間、一瞬たりとも気が休まることはありませんでした。

常に意識の半分は「左腰」にあった

外出中も、私の意識の半分は常に左腰にありました。そこには命を司るコントローラーと重いバッテリーが入ったバッグがあるからです。 「人混みでぶつからないか」「コードが引っかからないか」「バッテリー残量は十分か」。 お風呂も、睡眠も、移動も、すべてがこの機械のリズムに支配されていました。自由が制限されたその不自由さは、経験した者にしかわからない深い重みがありました。

自由という名の「静寂」

移植を経て機械が外れた今、私は左腰に何も持たずに家を出ます。コードに縛られない、バッテリーを気にしない。 かつての私が見れば夢のようなこの「静かな自由」を、私は今、一歩一歩踏みしめるように楽しんでいます。

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