「パパ、起きて!パパ!」
1歳の息子の泣き声と、漫画『刃牙』を読んでいたはずの視界が真っ暗な雲に飲み込まれたあの日。私の「普通の人生」は音を立てて崩れ去りました。
バレンタインデー。夕飯は好物の豚の角煮。 そんな、どこにでもある幸せな夜が、25年勤めた会社を去り、心臓を移植し、「第2の人生」を歩むまでの長く、孤独な戦いの幕開けだったのです。
死の淵で見た「せん妄のパレード」
心筋炎、心タンポナーデ、不整脈の嵐。 CRT-D(除細動器)の電池がわずか1ヶ月で尽きるほどの激闘の末、私の意識は「現実」を切り離しました。
医学的には「せん妄」と呼ばれます。でも、あの時の私にはすべてが真実でした。 サッカーが得意なカルロ、ハワイの医師ユナ、中国の王族……。 脳が、あまりに過酷な痛みに耐えかねて作り出した、不思議で賑やかな逃避行。
枯れ木のように細くなった右手を見て愕然としたとき、私はようやく、自分がどれほど長い間、死の淵をさまよっていたのかを悟りました。
「2畳の小部屋」にいた、もう一人の戦士
一般病棟に移った日、妻がICUの横にある小さな部屋を見せてくれました。 「パパが寝ている間、ずっとここにいたんだよ」
わずか2畳。 窓もないその狭い空間で、彼女がどんな思いで夜を明かしたのか。眠れない夜、ロビーから幹線道路のライトを眺め、何を祈っていたのか。
私が機械の音に怯え、不整脈に震えていたとき、彼女もまた「孤独」という戦場で戦っていました。 「生きててくれて、ありがとう」 その一言が、せん妄の世界にいた私を現実に引き戻し、再び「人間」にしてくれたのです。
角質の舞いと、震えるペン
リハビリは、華々しい復活劇ではありませんでした。 4ヶ月間履き続けた医療用ストッキングを脱いだ時、ブワッと舞い上がった足の角質。 汚い、なんて思いませんでした。それは、動けなかった時間の重みであり、私の皮膚が新しく生まれ変わろうとしている「生命の証」だったからです。
一文字も書けなかったノートに、震える手でペンを走らせる。 「あ」という文字が書けただけで、世界を征服したような心地がした。 生きるということは、こうした小さな「できる」を拾い集める作業なのだと知りました。
今、暗闇の中にいるあなたへ
もし、今あなたが病院のベッドで、あるいは消してしまいたいほどの絶望の中でこの文章を読んでいるなら、これだけは伝えたい。
「強くいてください」なんて、残酷なことは言いません。 私も、強くなんていられませんでした。 何度も泣いたし、神様を呪ったし、電気ショックの恐怖に震えて枕を濡らしました。
でも、希望はドラマみたいに派手な音を立てては来ません。 昨日まで地獄だったのに、今日、ふと少しだけ呼吸が楽になる。 希望は、そうやって静かに、そっと、あなたの隣に座りに来ます。
命は、当たり前じゃない
VAD(補助人工心臓)と共に歩んだ2300日。 私の体から機械の駆動音が消えた今、私は「自分の鼓動」だけで歩ける奇跡を噛み締めています。
あなたは、一人じゃない。 あなたが今、そこで呼吸をしているだけで、それは誰かにとっての「奇跡」です。 明日のことは考えなくていい。 今日、一回多く呼吸する。今日、少しだけ目を開ける。 それだけで、あなたは十分に戦っています。
私は、あなたの味方です。 また笑える日は、本当に来ます。 私が、その証人です。


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